GHQが変えた日本のファミリービジネスの在り方

徳川期に発展、存続したイエ型組織のなかで明治以降にも存続したのは、企業としての準イエの形態でしたが、社会一般の組織原理として人々の行動様式を規定するものでもありました。

 

第二次大戦後の進駐軍の改革は、3つの準イエ型集団に絞って行われました。

  1. 政府機構のなかで半独立していた軍部、警察、内務省などの解体、細分化
  2. 政府外の準大イエとして最大の存在である財閥の解体
  3. 準大イエ的性格を持っていた大地主を含めた、地主・小作制の禁止

 

戦後日本では、イエ原則によって組織されていた有力グループが解体されていきましたが、特に、2、3が現在の同族経営の在り方に影響している側面を考えてみます。

 

産業化の結果、家族の規模は小さくなり、ファミリーのシステムとしては脆弱で、イエ原則をほとんど失った核家族が大勢を占めるようになりました。戦後の民法はこのような現実に合わせたものとなりました。

 

婚姻は両性の合意に基づいて成立すること(新憲法)になり、民法においては「家族」という概念自体が消え、「夫婦」と「親族」が残りました。同居の義務は夫婦についてのみ定められ、親族については扶養義務だけが残されました。家父長制の形態は急激に後退し、父親の権威は失われる一途をたどります。

 

フォローする

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です